(4)「周囲とともに享受される予見」先見性 応援する  予見したことが誰よりもよく的中し、
周囲の人々に利益をもたらしたり、災いをよく回避しえたという実績が大切である。
実績が積み上げられていない限り、口先男として、軽んじられるに違いない。
予見しても、その利益を人に分け与えない者は、
周囲の人からは「すばらしい」とは言われない。
単にずるい奴と思われるだけである。
予見は、その利益を周囲の人々に分け与えて始めて「先見性」という評価になる。
それでは、その予見の能力はどこから来るのであろうか。
歴史に関する知識
地球史、生物史、人類史が必要である。
日本人であれば、モンゴロイドの歴史も視野になければならない。
日本の古代史はモンゴロイドの歴史の一部である。
世界史時代以降は、
国際的分業と協業の歴史、
国際政治史と国際経済史、
近代日本の社会史、
近代日本の経済史と
政治史、技術史などである。
地球史、生物史、人類史が必要である。
日本人であれば、モンゴロイドの歴史も視野になければならない。
日本の古代史はモンゴロイドの歴史の一部である。
世界史時代以降は、国際的分業と協業の歴史、
国際政治史と国際経済史、近代日本の社会史、
近代日本の経済史と政治史、技術史などである。
地上社会の現在に関する知識
現在の政治・経済・社会・各種の組織・技術・資源・教育・・・、
これらを世界地図にマッピングして理解していることが大切である。
これらは、日々変化する。絶え間なく学ばなければ遅れをとる。
遅れれば、予見は不可能である。
今を知り、過去を知れば、未来が分かる。
歴史の法則が大半を教えてくれる。
過去の権威や知識にとらわれているものは、予見において失敗する。
今を知らなければ未来は語れない。
先天性もある
歴史を学び、現在を学んでもなお予見とは程遠いヒトも多い。
予見にはいくつもの戦略やノウハウがあるが、
結局のところ先天的能力が左右する部分もある。
どんなに歴史に詳しくて、博識であっても、
まったく予見能力を持たないヒトはいるものである。
学者といわれるヒトに多いように感ずるのは偏見だろうか。
言葉を選ばすに言えば、学者といわれるヒトたちは、
狭い分野だけを学んでその他の知識を蔑視し、
今を学ばずに過去のフレームにとらわれている、ように感ずる。
人類史の進むべき世界について予見しうる先天的能力が
そもそも欠けているのではないかと思うことがしばしばである。
そうでないヒトもたまにはいるが、わずかである。
企業人には、先天的能力が磨かれているヒトが多いように感ずる。
動物的勘が優れている、などと称される人々である。
その「動物的勘」は必要である。
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