2.あやかしの術 応援する2.あやかしの術
「あやかし」とは、少し古いが、手元の「広辞苑」
(第2版補訂版、岩波書店(1976))を見ると、下記のように書いてある。
あやかし
①船の難破しようとする時に出るという海上の怪物。幻覚による。海幽霊。
謡、舟弁慶「この舟には___が憑いて候
②転じて、不思議なこと。怪しいこと。また、そのもの。
③あほう。馬鹿者。<日葡>
④コバンザメの異称。この魚が船底に粘着すると船が動かなくなり害をするという。
⑤(怪士と書く)能面の一。妖気を表した男面。
「鵺(ぬえ)」の前ジテ、「船弁慶」の後ジテなどに用いる。
また三日月・鷹などの同系の面の総称。
あやかり
①「あやかし」に同じ。・・・
実は、他の辞典によれば、
"赤ん坊をあやす"の「あやす」も同根で「あやかす」の短縮形という。
船の激しい揺れで、正気を失い、幻覚のなかに漂うにしてしまう現象を
「怪物」の仕業とみなしたのであろう。
子供をゆらゆらとゆすれば、海中で揺らいでいた太古の生命のように、
前後不覚の夢に落ちる現象も「あやかされる(あやされる)」事象である。
現代の「あやかし(妖怪)」も、「あやかしの術」を使う。
彼らは人をゆらゆらと揺らしてたぶらかすのである。
「親切そうな言動と激しい罵倒」
「高邁な理想とあらわな欲望」
「対等主義の言説と激しい個人攻撃」
「へりくだって下手に出て、機を見て居丈高に声を荒げる」など、
極端から極端に言動はゆれる。
これが、現代の「あやかし(妖怪)」のはじめに見えてくる特徴である。
カルト教団や戦争捕虜に対する洗脳でもこの手法は頻繁に使われる。
心許したり、弱い立場にいたりすれば、
人は他人に合わせようと自然に心を傾ける。
極端から極端に揺れ動く相手の言動に翻弄され、
自分を見失い、やがて、その相手の言動に従わざるを得なくなる。
「正論とずるい提案」などもたちの悪い営業マンの手口である。
極端から極端に揺れ動く言説の中に、
ちょうど自分の思いに合う瞬間があれば尚のことである。
「この人は、ひどい言い方をするが正しいことも言っている」などと思わせてしまえば、
しめたものである。
「あやかし」にとっては、相手を絡めとることなどたやすいことである。
ゆすりたかりの皆さんは、誰しも「あやかしの術」に長けている。
詐欺商法の皆さんもしかりである。
甘えてみたり、強く出てきたりの商売女の手練手管もたいていは
「あやかしの術」に沿っている。
この術にはまると、まじめな人ほど、
情報漏えい、背任、会社乗っ取りへの協力、
使い込みや奥さんに言えない金遣いなど、
あらゆる犯罪的なことに手を貸すようになる。
知らなければ、そんな術にはまっていることさえ気がつかないままに
警察のご厄介になったりもする。
君たちは、これらの嵌め手をいち早く見抜いて、はまることを避けなければならない。
この術は手品のようなものである。
目くらましによって、人の心を操ろうというものである。
手品もタネがわかってしまえば、人は容易にだまされたりはしない。
「あやかしの術」というものがあることをしっかりとわきまえていれば、
はめられることは少ないはずである。
「あやかしの術」は、もともと立場が弱く、権威のない人が、
対等に競争できない場合に利用して、わが身を守るために発展した。
その後自分の能力以上の立場を獲得する魔法の杖として使われるようになった。
能力相応以上の立場は周囲に大変迷惑である。
直接犯罪とはいえなくとも、その迷惑の程度はまま犯罪にも等しいものがある。
たとえば、考えてみればよくわかるではないか。
たとえば、社長が商売女にだまされて、
いきなり仕事を知らないその女を営業部長にしてしまったら、
部下には目も当てられない惨状が待っているに違いない。
さて、実は、「あやかし」は、芸能の世界では、立派な芸術である。
虚と見せて実であったり、実と見せて虚を演出するのは舞台や映像の常套手段である。
極端から極端への心のゆれを感じさせれば、
虚を実と思い、実を虚とも思う怪しくも美しい世界が現出する。
芸能の世界の人々は、この術を職能として持っている。
しばしば、思わぬところで「あやかしの術」に遭遇すると、
実はその世界につながる人がそこにはいたりする。
あぶない、あぶない、美しすぎる妖怪がそこにはいる。
君は、大丈夫か。
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