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(36)「疑心暗鬼の時代」を越えて生きる

http://shyosei.cocolog-nifty.com/shyoseilog/2008/02/36_fe06.html

直前の記事「2008年、高まる市民の自立に潮目あり--社長の条件(35)」 には、次のように書いた。

「社会に参加してしまった市民は、今や単に社会サービスを受け入れる受身の市民でい続けることはできない。自分たちが社会サービスを提供する市民にならなければ、その存在が問われるのである。」

この変化にはビジネスチャンスもあると私は書いた。

さて、今回の記事には、この時代は機会ばかりではなく危機も併存するということを述べておきたい。

今は、アメリカを初めとする国家の威信は低迷し、 国民国家がいかにも頼りなく見える時代でもある。 金融信用収縮はサブプライムローンの破綻に端を発して世界を暗く包み込んでいる。 金融上の問題は何とか早晩にはクリアされるだろうが、 人々の心の信用収縮はまだ留まらない。

古い秩序が崩壊し新しい秩序が成立するまでの間は、誰もが疑心暗鬼になる。 親切そうな言葉や態度にはひどくもろいのに、 華々しい振る舞いや派手派手しい言動は胡散臭く思われる。 文化人でもないのに、芸能人の行き過ぎた発言が「面白がられる」時代は過ぎていて、 激しいバッシングに晒される。 沢尻エリカ事件(2007年9月29日映画「クローズド・ノート」の舞台挨拶)や 倖田來未の「羊水が腐っている」事件(2008年1月30日午前1時からのニッポン放送)は その一端である。 古い秩序が崩壊するときは、既存の権威やカリスマが次々に打ち倒される。 少なくとも嫌われるのである。 今アメリカでは民主党の予備選挙が白熱状態である。 権威やカリスマ性をまとうヒラリー・クリントンは嫌われ、 権威ではない・カリスマではない、を前面に押し出すオバマ氏が ヒラリー女史を猛追している。

アメリカは権威主義の共和党を離れて民主党を選び、 中でも政権担当能力ではヒラリー・クリントンよりも 明らかに数段の差がありそうに見えるオバマ氏が選ばれようとしている。


権威は嫌われる、これがこれからの数年または数十年の時代の特徴の一つになるだろう。 そして正統派は疑心暗鬼の嵐にさらされる。 非正統派であるものが一時的に人々の熱狂的な支持を集めるのである。 そして、支持された非正統派もエスタブリッシュメント(権威ある地位)に着くと たちまち嫌われるのである。

政権は短期政権となり、アイドルはめまぐるしく捨てられてゆく。 非正統派は力がないから安全パイに見えるのである。 非正統派が政権に就いたり権威の座に着いたりすればたちまち嫌われるのである。

この時代の特徴は、人々の心に広がりを見せている「疑心暗鬼」である。 守ってくれるはずの古い秩序や権威が頼りなくなったとき、 人々は自分しか信じられなくなるのである。 今までは、少しのはみ出し発言ややんちゃは許された。 多少は脱線することがあっても古い社会の枠組みの中で事態は回復され、 正しい軌道に戻るだろう事が期待されたからである。

今は、社会の枠組み自体が揺らいでいるのである。 少しのはみ出し発言ややんちゃも、自分に危害が及ぶかもしれないと警戒し、 刃を研ぎ、心を閉ざして、スキあればやっつけてやろうと突出してくるのである。 ある意味では良いことではあるが、危険な一面も持っている。

我々は、いままでは、顧客の信頼を頼りにお仕事をいただき、収入も得てきた。 その信頼が今のままでは危ういかもしれないのである。 うぬぼれに過ぎないかもしれないが、 望んだわけではないしただひたすらお仕事に忠実であろうとしてきただけだが、 いつの間にかほんの少しだけ我々は職人的権威になりかかっている。

幸い、現在は、私たちの現在の顧客は強い信頼で結びついている。 しかし、権威視されることは危険である。 私たちは権威だったことはないしこれからも権威であることはありえない。 技術と誠意を信頼していただく以外ない存在である。

今は、いつ疑心暗鬼の隙間風が吹かないとも限らない時代になっていることをしっかりと用心しながら認識しておかなければならない。 われわれは、これまでも、今も、そしてこれからも、 お客様から勉強させていただき、社会の皆様に導かれて生きてゆくのである。


いささかも偉そうな発言をしたりしてはならない。 いささかも権威くささがあってはならない。 私たちは、どんなときでもお客様の暖かい心遣いと配慮がいただければ 生存の難しい職人の集団なのである。 我々は誠意を尽くして、お客様からはどうにか可愛がっていただく以外にないことを 肝に銘じていなければならない。 発言は、もっと控え目に、態度はもっとひそやかにしよう。

おそらく、信頼を壊すのは、顧客でもないし我々でもない。 疑心暗鬼の時代の波なのである。 誰かさんの疑心暗鬼に反論をしても効果はない。 ますます心を閉ざして攻撃の炎を燃やすだけだろう。

我々にできることは、正しいことをコツコツと、 またおごらず高ぶらず淡々と成し遂げてゆくだけである。 疑心暗鬼から攻撃的になった人たちをあえて救おうとしてはならない。 我々の善意をますます疑い、ますます攻撃的になるだろう。 疑心暗鬼から攻撃的になった人たちからは、黙って遠ざかり、 何も言わず、手を出さないことである。

我々がいなくなって、その価値をはじめて認識していただける場合もあるだろうし、 その人たちとは無関係なところで活躍する我々をいつか再び発見して、 疑うべき相手ではなかったと理解していただける場合もあるに違いない。 歴史がやがて審判を下すのである。

今は、何もないが、これからはそのような危険が増す時代である。 危険に遭遇しても慌ててはならない。 じっと耐えて、疑心暗鬼の刃を避けて生き残る知恵を働かせよう。

振り返ってみれば、1970年代には、同じような疑心暗鬼の時代があった。 上意下達をモットーとする古い枠組みの社会が音を立てて崩壊する時代だった。 その時代、私も自己犠牲的で心正しいがゆえに攻撃にさらされたことがあった。 正しい言動が素直に受け取ってもらえずに「裏があるに違いない」 という排斥の理由にすらなったのである。 3年後にはそのような言動は全て払拭されていたのだが、 極貧のまま大学の研究室に身を寄せて、 一時はすべてに耐えなければならない時期もあった。


今も同じような危険が迫っている気配が感じられてならない。 1980年から始まった国民国家の安定と権威の下に 小さな政府と規制緩和に向かった時代、 すなわち世界を巻き込んで分散型ネットワーク社会への突進 (高度情報化社会とも言われた)が、 2010年の直前を迎えた2000年代最後のいまは、 また一つの曲がり角に来ているのである。 日本では「小さな政府化方針」は失敗に終わって、 予算がなくて国民には役立たない大きな政府のままになった、と嘆く人もいる。

いずれにしても日本やアメリカを含む世界各国で、 国民国家の威信と権威が低下し、「小さな政府化方針」では人々の生活が守れず、 「規制緩和」によって生存の危機が増加していることに人々は気づいているのである。 今は自分たちが自分たちの生活を守らなければ だれも支えてはくれないとうすうす感じているのである。 つまり、今は誰も自分を守ってくれないと感じている時代である。

市民は「一人にしないで」と心が張り裂けそうになっている。 人々は社会的サービスを受けるだけではなく、 社会的サービスをする側に参加する喜びも、 参加しなければならない苦痛も同時に感じている時代の変化の局面にいる。 しかし、その事実の本質に本当に気づいている人はまだ少ない。 「市民が社会的サービスをする側になる」という、 時代を客観的に描写する表現でさえ、今は疑心暗鬼のタネになりそうなのである。

論理的批判があれば真摯に対応したい。 しかし、疑心暗鬼から過激な攻撃的言動をする者からはそっと遠ざかり、 じっと耐えて行くことにしよう。 われわれは、今までもそうだったように歴史によって 自分たちの正当性が証明されるものと信じてやまない。 われわれのように、権威も力もない者は、耐えるのが唯一の生存戦略である。

氷河期、多くの大型動物が死んでゆく中で、小型の哺乳類は土の中にもぐって生き延びた。我々は、金融信用収縮の時代というよりも「心の信用収縮の時代=疑心暗鬼の時代」すなわち社会と経済の氷河期をつつましく生きて、生き延びよう。

大きくなり過ぎた恐竜のように虚勢を張って死に絶えるのは愚かである。 今以上に、謙虚に、ひたむきに、いっそう注意深く顧客に最善を尽して、 つましくささやかな営みで顧客に安心とご信頼をいただき 小さくとも生き延びることを、次世代の諸君に期待する。

変化はチャンスであり、その勝機をつかむことは大きな喜びであるが、 諸君らはこれまで接したことのない「心の信用収縮」 という時代の危機も身近にあることを忘れてはならない。

企業の経営は 「獅子のように勇猛に、狐のように用心深く」 なければならない。


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