異文化体感!ことの始まり? > メーカーと大学


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 30年以上電気メーカーに勤めたのち、某大学に転じ、10年余り教員生活を経験しました。メーカーと大学を比較すると、そこに集う人々の主要な部分は従業員と学生である。メーカーも企業のひとつであり、従業員は生産に従事して給与を受取る。大学の場合は、学生を教育するのが目的である。学生は授業料を払って大学のサービスを受ける。お金の動くベクトルの向きが180度違っています。

 この違いはどんな結果となるでしょうか。最近、少子化の結果として大学は全入時代を迎えています。入学することが極めて容易になっています。努力しなくても大学に進めます。入学容易どころか学生を定員まで集めるのに苦労している大学が少なくないようです。その結果、講義をまともに聴かず私語が盛んだという状況を生み出しております。

 本人が望んで進学したのではなく親御さんが望んで親御さんが授業料を負担しているのですから、私語が多いのも止むを得ないことかもしれません。

 なかには、感心にも授業料を稼ぐアルバイトが忙しく、授業中居眠りの学生も居ます。何のためのアルバイトか本末転倒だと思うのですが、居眠りは講義の邪魔にはなりません。私語の方は講義の邪魔ですから、放置できません。

 私も教員の一人として私語のうるさいことは人並みに経験したと思います。10年余の教員生活でいろいろな私語対策の試みを行いました。その一つは机間指導です。教卓で講義するのではなく、学生の机の間を廻りながら講義するのです。教員と学生の距離が縮むこと確かです。昔は机間巡視と云っていたようですが、初等教育、小学校の教育の参考書で見付けました。教員と学生の距離が短くなり、私語対策の一つとしてかなりの効果がありました。

 私語対策は他にもいろいろ試みました。それはまた別の機会に譲ります。


 大学とは、高等教育機関(大学や高専)とされています。専門的な学問と知識を身に付けるところです。学術の研究と教育を行なう所です。批判的にものごとを見て、改善することが求められています。学問の自由と同時に責任も伴います。なお、高等学校は中等教育に分類されます。

 自分で考え、学ぶ場であるとも云えます。何のために何を学ぶのか重い課題です。専門とは何でしょうか。文学、法律、経済、理学、工学、農学、医学、芸術等々。専門分野の人材を育成するところとも云えます。

 わが国では、就職のための学歴取得のために入学する学生が多く、高校終了後、4年間在学し、124単位取得して卒業します。

 大学とはなどと開き直ると、定義し難いものです。社会に出る前の準備と云ったらいいのでしょうか。何を云っているのかよく分からなくなります。


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