コの業界のオキテ > 第9章 何に頼ればよいか > シグマ計画


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シグマ計画というコンピュータに関する通産省の国家プロジェクトがあった。このプロジェクトは、ソフトウェア開発の効率化を目指したものであった。

「1990年には60万人のソフトウェア開発技術者が不足する」

との報告書が1984年に産業構造審議会から出され、将来のソフトウェア・クライシス対策として始まった。このプロジェクトに下に作られたコンピュータが「シグマ・コンピュータ(シグマ・ワークステーション)」である。正確には、シグマ計画で作り上げた物は、コンピュータではなく、シグマOSというコンピュータを制御しているオペレーティング・システムであるが、そんな細かいことはどうでも良い。

結論から先に言えば、この国家プロジェクトは、見事なまでの大失敗であった。国家プロジェクトの期間は1985年からの5年間であった。終了時点で失敗ははっきりしていたのであるが、プロジェクトの期間が終わると同時に「株式会社シグマシステム」が設立され、事業を引き継いだ。この会社は、秋葉原の外れの末広町交差点の角のビルに入居していた。そして最近やっと消滅したようだ。政府の研究員の中には、この消滅を喜ぶメッセージをインターネットに流していた者もいた。

金銭的な失敗だけでなく、ソフトウェアの生産性や品質の向上に対しては、完全に足を引っ張る作用をしてしまった。不況の影響もあるが、産業構造審議会の報告と正反対の

「1995年には60万人の無能なソフトウェア開発技術者が余った」

というのが実情である。

コンピュータの世界にいて、シグマ計画の失敗の話は書いてはいけないことになっている。実は、殆ど初期のころから失敗の噂は流れていた。しかし、何しろ国家プロジェクトで、日本のコンピュータ・メーカーが全て参加している。シグマの悪口は、飲み屋で言うのは構わないが、雑誌など証拠が残るようなものに載せてしまうなどタブーであった。

しかし、全く何も成果を出さないどころか、存在すること自体がコンピュータの進歩の邪魔であることが何人にも分かるようになってしまった。そうなって、やっと雑誌に大失敗の話が出たのである。

これをやったのは日経コンピュータであった。1990年の2月12日号に、

「Σ計画の総決算--250億円と5年をかけた国家プロジェクトの失敗」

というタイトルで約30ページの記事を発表した。「偉い」と言えよう。なにしろ、日経コンピュータは、「動かないコンピュータ」という人気の高い連載を長年していたのだ。一番動かないコンピュータであるシグマの特集をしなくては話にならないだろう。

シグマ計画の失敗の原因は、色々言われている。その中の1つが、コンピュータが進歩しないという大前提を立てて開発したことである。無茶苦茶な前提であり、開発途中でにっちもさっちも行かなくなったのは言うまでもない。問題は、失敗が明らかになっても、中止も変更もしなかったことであろう。国家プロジェクトの「冠」がつくと、決して中断できなくなってしまうのだ。

シグマ計画を引き継いだ株式会社シグマシステムの主要なターゲット市場は事務分野であり、事業内容の中心に日本語処理を掲げていた。しかし、日本語処理に対して貢献したことは殆どない。

当時は、ちょうど漢字が自由にコンピュータ上で使えるようになりつつあった時期で、日本語に関する会議も盛んであった。日本人である以上、英語やローマ字などではなく、漢字の使えるコンピュータを望むのは当り前である。

そういう会議などに私も出席したことがある。メーカーやソフトハウス、大学などからの出席者が多い。シグマの人も出席していた。本来ならば、シグマの人が中心になって、こういう類いの会合を主催すべきなのであるが、そういう積極的なことは殆どなかったと思う。どちらかというと、無知であることがひしひしと伝わってくるだけであった。会合のことより、明日の休日のゴルフの打ち合わせに頭が行っているようだった。不勉強極まりない連中であった。

目茶苦茶失敗しているプロジェクトであるが、国家プロジェクトという御旗の下に行なっているので、世間の多くの人間は信じるのである。

コンピュータのハードウェアは全く同じで、シグマのソフトウェアを載せたのと、世界中に出回っているアメリカで開発されたソフトウェアを載せた2種類のコンピュータがあった。ソフトウェアを交換すると、世界標準になったり、シグマ標準になったりするのである。大企業の中には、通産省のお墨付きのシグマの方を使いたがったところが結構あった。

実際、シグマのソフトウェアは、世界標準のプログラムの進歩を止めてしまい、改造を加えたものであった。だから、当初においては、一世代古い程度であった。しかし、あっという間に化石になってしまった。

ある企業は、シグマ・コンピュータの上で、業務用のソフトウェアを開発した。我々の常識から言えば非常な低速であったのだが、とにかく動いて、一応満足していた。仕事に使いだすと、次第に要求が厳しくなってくる。高速化を試みた。

高速化のために色々調べていくうちに、驚異的な結論を得てしまった。シグマ・コンピュータで動かしていたのと全く同じプログラムを、普通のコンピュータで動かしたら100倍くらい高速になったのだ。高速化の作業は不要になってしまった。シグマ・コンピュータのソフトウェアを捨て去り、普通のコンピュータに直してしまえば要求を完全に満たしてしまうのだ。業務用に開発したソフトウェアは一切手をつけなくても高速になったのだ。シグマ・コンピュータって一体何なんだ。存在するだけ悪ではないか。

地方へ行くと、「国家プロジェクト」の看板が効果的になる。いや、「絶大」になる。 最初は全コンピュータ・メーカーが参加していたシグマ計画であるが、見切りをつけるメーカーが続出した。その中に非常に義理堅いメーカーがあって、シグマ・コンピュータを自社商品にしてしまった。

このシグマ・コンピュータを性懲りもなく売り続けていたメーカーの営業が来て、
「東京ではシグマ・コンピュータは全然売れませんが、地方へ行くと売れるんですよ」
と言うではないか。東京で売れなくなった物を地方で売るのは確かに営業戦略の常識である。

あるコンピュータ・メーカーがシグマ(Σ)のマークをコンピュータに利用していた。このコンピュータは、実質的にはシグマ計画とは関係なかったと思う。国家プロジェクトとダブらせることで売り込もうとしたのであろう。

しかし、シグマの人気がどんどん下がると、シグマの言葉自体が嫌われるようになった。シグマのイメージが悪いのである。シグマと聞いただけで、お客が寄り付かなくなってしまった。それで、このメーカーは、全社的に「シグマ」という言葉と「Σ」記号を廃止する通達を出したという噂である。

不況が襲ってきたころ、シグマ関連の仕事を取りたがったソフトハウスがかなりあった。

実は、知り合いのいる会社でも、シグマ関連の仕事を取ろうと企てていた。もう失敗は100%公開されていた時点であった。電話がかかってきて、シグマの相談をされたので、
「この期に及んで、シグマなんか相手にするのか」
と言ったら、
「シグマ関連ということだと通産省の補助金が得易いので狙っているのだ」
と返事をしおった。
「この罰当たりめが」
と思ったが、結局どうなったのかは知らない。

国家プロジェクトの失敗はいっぱいある。シグマ計画より多額の予算で失敗したものも多い。私は失敗することは仕方ないと思う。失敗から何かを学べば良いのである。企業では怖くてできないようなことを国家プロジェクトとしてやることは大いに推進すべきだと思う。しかし、撤退や見直しの計画が全然ないのは無茶としか言いようがない。

実は、シグマ計画についての情報を、私はインターネットを利用して質問し、答えてもらった。本を書いたりするとき、自分では細部まで覚えていないこととか、資料を捜すなど大変に便利だ。全く知らない人から、親切に情報を届けれくれたりする。まあ、時にはトラブルも起きるが、それは普通の電話や郵便を使っても同じこと。


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